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火葬と土葬に見る双方の文化的な違い

 突然の記事ですが、こんな感じです(笑)
 例えば仏教は火葬を好みますよね? でもキリスト教は火葬より土葬を好みます。これにはどんな違いがあるのか? 


 それは非常にシンプルで、キリスト教徒の方々には最後の審判という考え方があります。これは世界の最後の日にキリストが再臨して、死者を復活させて裁きを行いますという物。当然、復活した後は永遠の生が与えられますので、復活した時に使う体がないというのは論外というロジックになるわけですね。

 それでは逆に仏教はどうなんだ? となりますよね。そう、仏教の場合にはキリスト教徒が最後の審判という考えを持つように、仏教徒には輪廻転生という考え方がありますね。人間は輪廻の輪の中でうんたらかんたらな訳です。つまり今度は逆に復活するのではなく一旦輪廻の輪に戻ることから、この世に体が残っている事自体が論外となります。非常に面白いですね(笑)


 こうしてキリスト教徒は復活することに備えて体を残し、仏教徒は輪廻の輪に戻っていくために体を処分するという二つの考え方が、最終的には土葬と火葬になったわけです。ただこれには例外的な要素が含まれます(というか例外じゃない部分もありますが)。

 まず異端審問などで異端者となったような輩は、言うまでもなく火刑です。これはそもそも異端者がキリスト教徒と一緒に雁首揃えて復活していくことなどありえませんので、当然ながら体を焼却処分にします(笑)あと、土葬はどうしても金銭的な負担がありますので、キリスト教徒の中に最後の審判論がありと言えども……やはりお金の力には抗えずにお国によっては土葬ではなく、火葬にする場合もあるんだとか。これは一般的にキリスト教が支配的と言われる欧州においても浸透している無神論化もあるとは思うんですよね(最近だとロシアが正教回帰のような動きもありますが、やはり無神論者は多いですし、何より金銭的負担が確実に出来る人は少ないんじゃないかと思います)。


 今日はこんな感じで記事をまとめてみましたヽ(´ー`)ノ


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