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生放送時の教えてくれ系の質問に、なぜ私が答えないのか

 答えは簡単。以下の理由からですね。若干というか結構過激な内容になっていますので、注意してください。
 理由は簡単、高度な内容の質問ならともかくゼロから系の質問をするような人間に何を教えても無駄だからと思っているからです。そしてこの手の自分で能動的に情報を収集しないような輩は、ちょっとわからなくなると人の労力を奪いに来ます。つまり彼らに教えるというのは教えるという労力だけじゃなく、その後のサポート的な対応まで期待されるわけで、とんでもない労力を要します。挙句の果てに、彼らは自分で考えませんので、半端じゃ無いくらい理解力がありません……(考えてないから)。


 よって私は誰にも何も教えませんというスタンスなんですね。ただもちろん例外はあってその質問が発展的な展開が期待できるとかなら別なんですよね。例えば政治とかでは主義主張が違いますよね? それであれば例えば新自由主義的な政策が是なのか、それともといった議論ができますね。これは非常にいい質問であり、中身がありますね。反面、自由主義って何? と言った基礎的な会話はする分にはいいかもしれませんが、それはどこかで調べれば分かる内容ですよね。というよりは授業で出ますよね? と。つまり人が一回は通り過ぎたり触れたりしている情報を、改めて私から引き出す意味が”私にあるのか?”という点から、私は人の質問に応えることに消極的なのです。


 もっとわかりやすく言えば、自分の労力を得するために人を利用する人間に対しては、同じ意志でもって相手の労力を奪ってやるよwwwということです(笑)(ようはお前が調べろと、労力使えと(笑))


 なので私は不必要なくらいこの手の人には冷たくあしらいます。それは私に対する印象を害す人が出たとしても、それ以外の分野で被る被害を軽減できるなら十分だと思うからです。好かれようが嫌われようが、理解していただける人間がいればそれでいいのです。少なくとも私は。


 ちなみにこんな事書いた理由は、さすが春というところですね(笑)


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