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急上昇キーワードで気になった事件 マクドナルド・コーヒー事件

 最近はあまり聞くことがなくなった事件ですけど、その反面では製品に書かれている注意書きが度を越しているんじゃないか(笑) とすら思える部分もありますね。でもそれってやはりこの事件を含む様々な事件が影響しているんでしょうね。しかし今回は個人的にこの事件はこのようなところにこそ影響が出ているんじゃないかと思うことがあるのでちょっと書きますね。
 はっきり結論としていうのであれば、確実に他力本願と責任の転嫁ですね。それは仕事をしているとよくあるのが、その件についてはよく教えてもらっていないのでこの程度で終わらせてもいいと思いましたといういいわけです。聞いたことありませんか?(笑)

 つまるところ発言者の主張としては、その事柄に対する理解を深める努力を私に対して周りが怠ったため、自分の理解が深くないがゆえにこれ以上の物事の改良や、改善は望めないのでこの程度の仕事で終わらせましたといういいわけです。適当仕事は周りのせいという方ですね。つまり自分自身でそのもの事に対する理解を深める努力はもちろんのこと、他人を利用しての進歩などはその手の方には存在しません。受動的という言葉を利用したとしたら大間違いで、そんな生やさしいものじゃないですね。
 小泉政権時代によく聞いた自己責任という言葉は、あの時代は(個人的には)いき過ぎた突き放しとして見ていました。しかしそれ以外の分野では自己の決定に対して責任を持たない、責任を処理できない方がかなり増えましたよね。ただこれは個人的にはこのご時世ではリスクは身を滅ぼすほどに危険になった(=世の中に余裕がなくなった?)ので、リスク管理の観点からは十分妥当な判断ではあります。しかしそれでは仕事になりませんし、基本的にどんなことにも責任はついてくるので完全回避は難しいんですね、本当なら。


 しかしこれらの方はある方法でそれをやや可能にします。それが責任転嫁です。さきのマクドナルド事件もそうであるように、珈琲が熱いものであること、不安定な場所での使用は自分に危険が及ぶ可能性があることなどを自分の決定事項として認識するのが大人です。しかし現実の裁判ではマクドナルド側の不手際などもあり敗訴して、被害者(笑)側が救われた的な話になっていますが、個人的には論外を通り越して呆れています。自分の決定に対して責任は持てないのかと。
 結構生放送をしているときに気になることとして、そして仕事をしているときにも感じたこととして、他人に対して質問をする方の中に、確実に他人に決定を委ねようとしている人がいます。もちろん本人にその自覚が無いことも多いでしょうね(そんなつもりじゃないというお気持ちの方)。私はその手の方には深くは答えないようにしています(経験的にその手の方は不都合が生じた時に面倒だ、だけでは済まない人間が多すぎるので)。普通は質問するというのは自分にない情報を補完するために尋ねるのであって、決断まで委ねることはありえないんですけどね(何かあったら相手のせいにしようという悪意があれば別ですが)。


 質問をするのであれば、情報を出してもらうようにお願いをするわけですから、例えば自分はもっさりとしたゲームは嫌いなので、このゲームは動作的にはキビキビしていると思いますか?(例えば追加情報として相手のプレイしたゲームタイトルで、自分もやったことあるソフトがあるならそれを引き合いに出すなど) など具体性をもたせるほうがいいとは思うんですよね……。


 話がだいぶ脱線しましたが、個人的にこの事件を聞いて思ったのは責任を取れとかそういう以前に、自分の行動には責任がついてまわるのですから、決定を他人に委ねるな、自分の判断を鍛えてくれということです(笑)ちょっと気になったことがあるので、今年の締めくくりに買いてみようかな。
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