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前記事のことと以前生放送をしていた時に話しになったことを書いてみる

 実はSkyrimの放送をしているときに話しになったことを書いてみようと思います。テーマ的には飲みニケーションと人間関係的な話。
 前記事でルールなどはそれを維持する集団の特性に根ざすと書きましたが、それはいろいろな所で出てきますよね。例えば飲みニケーションです。お酒をコミュニケーションのツールとして使っている方は結構多いと思います。特に営業職の方になると飲めないというのは=落伍を意味するのではないかとすら思えるくらい、強烈な部分がありますね(笑)しかし最近は特に目立ち始めた飲まない方の存在があり、これからは従来型の平均化して最大公約数的なやり方は破綻するのかなと思っています。

 この件で私は書かせていただきたいのは、最大公約数的な手法が間違っているとは思いませんが、複数の人物を有機的に管理する、個々人の特性を最大限理解した上での運用をなぜできないんだという点。つまり飲めない人、飲める人がいて、その一方で肉が好きな人と魚が好きな人がいるとしましょう。会社の飲み会などでは概ね飲めることが前提的なことがあったり、支配的な人の派閥に合わせるのが慣例だとは思います。しかしそれでは不満を大きくするだけで、個人的には手間暇を惜しんだばかりに人心を失うという危険行為に走るだけだと思うんですよね。別段、肉も魚も、アルコールもノンアルコールもある店を選定すればいいだけで、そもそもそういう事前調査もできていない、ボキャブラリーの少ない人間に幹事を任せた人間の無能さを披露しただけではということですよ。戦いは九割九分九厘が戦う前に決まっているのですから、調査力・事前準備力がないのは普段の仕事にも影響が出ているとは思いますけどね。
 さらに書くなら、なぜ人間のコミュニケーションのチャンネルはそうそう少ないものではないはずなのに、そのような押し付けに走る輩はチャンネルが少ないんだという点。例えば私はコミュニケーションが下手なのを自覚していますし、友人も非常に少ないです(笑)怖いのは結婚できる力量がないのが救い(?)なのですが、もし結婚したら……誰を呼べばいいんでしょうかと(〃´・ω・`)ヤバス。でもそれでもやはり友人を作るために色々なことにちょっかいを出して、人なりに、人の話の中で浮かないように情報収集は心がけていますし、何よりも知らない話、無知な自分がいることを認めざる獲ないような話題の時は、いかに相手が自分に教えてくれるような状況を作るかに腐心したりしています。これは私がコミュ障であり、対人関係において弱者であるからです。そして教えたがり屋さんの中には、他人に自分の知識を伝搬することで得られる賛美を快楽とする方もいます。すごーい! この一言が彼らを無限の成長率へと誘う超魔法です(笑)だから私は勉強会に言った時は完璧なバカになります。時には基礎的なことを知っている人間、時には何も知らない人間、時には自分の知識と経験を総動員し、ひたすら相手から高度な知識と得難い体験談を聞こうとします。あらゆる局面でAではなく、有機的に自分をAからBへ、BからCへと変化させて、その場の付き合いを作ります。相手が教えたがり屋なら最高の獲物ですよね? なんてったっておだてれば全部ゲロするんですから(笑)

 ヽ(´ー`)ノ いやはや超俺得です♪

 話を戻しますが、この手のチャンネルの少ない輩は自分たちと文化が違う・風土が違うことを意図的なのかわかりませんが理解する能力に著しい欠陥が見られます。飲めないのはダメという認識は間違っていません(そもそも正誤善悪じゃないので)、しかしそういう人間がいて、場所や組織が変わればいくらでも変化することをいい加減想像したり認識したり理解したりしろとは言いたいところです(笑)千変万化の十人十色と日本語はいくらでも多様性を表現できるのに、それを上手く使えないというのは実に興味深いです。
 孫子は相手を知り、自分を知れば百戦して危うからずと述べました。これは対人関係もそうですよね。前記事にあるようなクチャラーも肘付きもマナー違反かも知れませんが、それは自分が会得した組織のルールで判断した結果であり、相手の特性等を完全に無視しているとしか思えませんし、もう少し相手のことを理解してやったほうが有意義で建設的だとは思いますね。たいていこの手の話をすると、そんな面倒な事はと言う人がいますが、そんな面倒を自戒の意味を含めて誰かが自分にやってくれているんだと思えば、次回からはそのような戯言は言えなくなりますよね。まぁ……人間は自分の社会的な立場やなにかしらに寄りかかって楽をしようとする生き物なので、それらを盾に自己正当化して逃げるんですけどね。


 現代社会はたしかに私個人の経験からも、非常に多様化しています。特に若年層は本当に多様だと思います(笑)ただそんな中でも相手の特性を見るようになると、なかなか興味深いことも多いですし確実に対人関係を築く上で有益だとは思います。私も完璧では無いので、当然自分の処理能力を超えれば対処できません。しかし見るだけで処理能力が飽和するような方はそうそういないですよね。もう少し世の中から排除の理論が消え失せれば、もう少し世の中は良くなるような気がします。たぶんヽ(´ー`)ノ

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