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仙台城(青葉城址)に行ってきた

 仙台市から車で30分もかからないところにある、県内随一の堅城誉れ高い青葉城に行って来ましたヽ(´ー`)ノ


 さすが昨今の歴女なんとかかんとかの影響なのか、非常に若い女性が目につきましたね。あとは痛絵馬はほぼ絶滅していました。良かった良かった。
 仙台城とは?


 仙台城というのは仙台伊達氏の軍事的な拠点であり、仙台政治の中心地と言える場所ですね。
ちなみに徳川家の城である江戸城の次に大きな城だったので、実はとんでもない巨城だったようです。ただその反面軍事的な拠点であるはずなのに、戦火の洗礼を浴びることはありませんでした。

青葉城地図

青葉城地図2

 さて、ここからは青葉城と言い換えますが、青葉城の構造は大きく分けで本丸、二の丸、三の丸に分かれています。造営当初は本丸と西の丸だけでしたが、二代目藩主になり二の丸と三の丸が作られました。これは本城が戦国乱世の気風の中で作られた城であり、とても軍事から政治へと力点が移っていく時代の中にあってはあまりにも軍事偏重というところが、後の二の丸などの追加につながっています。事実、伊達政宗自身も家臣や息子へ「俺が死んだらリフォームしろ」と言っているくらいですから、分かっていてやっていたんでしょうね(笑)

 それでは軍事的な観点から、まずこの城を見ていきましょう。当然のごとくこの城は戦国乱世用の城郭であり、どっからでもかかってこいと言っています。まず先ほどの地図は北が下方向になっている点を留意して頂き、南方(上側)は竜ノ口と呼ばれる渓谷が護りをなしています。ここは断崖絶壁であり、登って攻めるなんてのは無理ですね。逆に東側(左側)は広瀬川が天然の防壁となっている上に、山城なので急斜面の山肌もさらなる防壁として鎮座しています。つまり一番開けていて、寄せ手的には一番兵力を展開させやすい方面は、二重の防壁に守られているという仕様です。それ以外の地域に関しては、基本的には原始林が守りを固めております。
 この城は非常に堅牢であり、あるイスパニアの探検家に日本一の堅城と言わせています。地形的を効果的に利用した、非常に素晴らしい城ですね。

 さて、軍事的に優れた城であるのは明白ですが、残念なことに山の上と下を往復するのは正直しんどい……息子の時代にはこれはいらねーだろと考えた政宗はリフォーム指示を出しつつ亡くなります。その後に二の丸、三の丸が出来上がり、むしろそっちがメインになります。ちなみに現在は二の丸が東北大学、三の丸が仙台市博物館になります。
 後は地図で橋がかかっていると思いますが、その橋を超えたすぐの場所が片倉小十郎の屋敷だったみたいですね。


 ということで前フリはこのへんにして、本題の小旅行でしたが……甥っ子の伊達政宗ごっこですべてが終わりました(笑)ひたすら本丸跡で走りまわっては、拾った枝で一人ちゃんばらに明け暮れていましたw いやはや、今度はきちんと残った城にでも連れていってやりたいなと思う今日この頃でした。
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